矢宮神社

  Yanomiya-Jinja

●どんな神社なの?
 【御祭神】 賀茂建津之身命(かもたけつのみのみこと)
 【例祭日】 10月13日

 矢宮神社の創起は、第33代推古天皇の御世(在位592年〜628年)だといわれ、矢宮神社の御祭神・賀茂建津之身命の子孫が大和国(現在の奈良県)からこの地に移り住んだ際、現在地に奉祀した ものと伝えられています。
 御祭神・賀茂建津之身命は、別名を八咫烏命(やたがらすのみこと)といい、神武天皇東征の際、熊野の地から大和国へ進む道が険しく途方にくれていた神武天皇一行を 、大和国へ無事、導いたことで知られています。

 中世、矢宮神社は約5.4ヘクタールもの境内を持ち、雑賀荘の21の村々の大産土神として多くの人々の崇敬を集めていました。
 1577年(天正5年)2月、織田信長が大軍を率いて雑賀荘に攻め入ってきた折、人々が矢宮神社に祈ったところ、「敵兵は3月3日の干潮をねらって雑賀川を攻めてくるだろうが、雑賀の人々のために海の潮を退かさない」とのお告げがありました。そのお告げ通り、干潮の時刻になっても潮が満ちたままであったことから、織田軍に勝利することができ、以降、ますます信仰が深まっていきました。
 しかし、その合戦で社殿は焼失。1637年(寛永14年)初代紀州藩主徳川頼宣公によって社殿が建造され、以後、明治になるまで、紀州国の大社として歴代紀州藩主の信仰も篤く、現在も紀伊国総社として人々の崇敬を集めています。
 

社名標
 


鳥居
 


手水舎
 


鳥居をくぐると拝殿が…
 


絵馬

拝殿
 

縁結びの絵馬
 

●ここをチェックしてね!
徳川頼宣公の絵馬
 紀伊国徳川家初代藩主・頼宣公の絵馬が拝殿内部に奉納されています。
 

拝殿前の鳥居両脇の石碑
 
参拝して、徒然なるまま一筆啓上    
 道に迷って住宅街を走っていたところ、偶然出会ったのがこちらの矢宮神社。「これも何かのご縁」と参拝、取材をしていたところ、ご近所の方(?)に声をかけていただき、神社の中を案内していただきました。その後、宮司さんに紹介してくださり、今度はその宮司さんから身に余る歓待を受け…。まるで何かに導かれたような不思議なご縁です。これも御祭神・賀茂建津之身命の御神徳でしょうか。
 
●データ
所在地 和歌山県和歌山市関戸1丁目5-27

問合せ 073-444-0668
URL 未確認
参拝時間 終日
駐車場 5台くらい
 

Copyright(C) Yumemusubi no Mori , All Rights Reserved.