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安井金比羅宮 |
Yasui-Konpiragu | |
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| ●どんな神社なの? | |||||||||||||||||||||||||
| 【御祭神】 崇徳天皇、大物主神、源頼政 【例祭日】 春季例大祭 5月10日、秋季例大祭 10月10日 安井金比羅宮は、藤原鎌足が一堂宇を創建し、自ら紫色の藤の木を植えて「藤寺」と号し、家門の隆昌と子孫繁栄を祈願したのがはじまりと いわれ、その後、第45代・聖武天皇(在位724〜749年)の御代になり、詔勅により堂塔を改修・増築して規模を拡張し、「観勝寺」と改号されました。 その後も歴代天皇の御崇敬を集めていましたが、応仁の乱(1467年〜1477年)以後、庄園を喪失、堂塔社殿は荒廃してしまいました。 それから150年ほど後の後水尾天皇の御代(在位1611〜1629年)に御勅願により再興され、1695年(元禄8年)には讃岐(現・香川県)の金比羅大神の御分霊を 相殿に奉斎するようになり、いつからか「安井金比羅宮」と称されるようになりました。 明治維新の神仏分離令により、これまであった院を廃して大覚寺に合併。純然たる神社になりました。 1873年(明治6年)村社に列して「安井神社」と改称。 1882年(明治15年)に郷社に昇格。 戦後、宗教法人に改組される際、古くから親しまれてきた「安井金比羅宮」に名称を改め、今日に至っています。 古くから、「こんぴらさま」は航海安全の守護神といわれてきましたが、近代になって陸路の危険が増えてきたことから、交通安全守護の神とされるようになったのだそうです。 |
![]() 社名標 |
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手水舎 |
拝殿 |
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| ●”縁結び”の御神徳があるのは? | |||||||||||||||||||||||||
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安井金比羅宮は、「縁切り」の御利益がある神社として知られています。 良縁を呼ぶためには、まず悪縁を断ち切ることが肝心とのことから、 安井金比羅宮は「悪い縁を切って良縁を結ぶ神社」といわれています。 拝殿に向かって左手にある「縁切り縁結びの石」は、真ん中にあいた穴をくぐると「縁切り」「縁結び」の願いがかなうといわれ、悪縁を断ち切って良縁を呼びたいと願う 人々の信仰を集めています。 |
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| ●ここをチェックしてね! | |||||||||||||||||||||||||
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●縁切り縁結び石(写真右上) 社務所近くにある「縁切り縁結び石」は、人が通れるくらいの穴があいている大きな石で、「縁切り」を願う人は"手前から向こうへ"、「縁結び」を願う人は"向こうからこちらの方へ"心の中で 祈願しながら穴をくぐり、その後、お札(100円)に願い事を書いて石に貼れば、心願成就するのだそうです。 見てください、右の写真を。たくさんのお札が貼られていて、チラッと見ただけでは石とわからないほど…。 ●縁切り御守 それから、たいへん珍しい「縁切り」のお守りも必見! 「縁切り&縁結び」のお守りがセットになっているものと、「縁切り」のみ、「縁結び」のみのものがあります。 |
![]() 北側鳥居付近からみる社殿 ![]() 手水舎の近くの枝垂桜 |
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| ●参拝して、徒然なるまま一筆啓上 | |||||||||||||||||||||||||
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安井金比羅宮を参拝するのはこれで2度目。1度目よりも参拝客がグンと増えています。特に年配のおばさまグループが目立ちます。 どこかのテレビ局がカメラをまわして取材していました。30歳前後の男性4〜5人のクルーなんですが、女性客の多いこの神社では妙に浮いてました。どうしてテレビ局の人って、ピリピリして排他的な雰囲気を身につけてるんだろう?
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