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城山八幡宮 |
Shiroyama-Hachimangu | |
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| ●どんな神社なの? | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 【御祭神】 誉田別命(ほんだわけのみこと/応神天皇) 息長帯比賣命(おきながたらしひめのみこと/神功皇后) 帯中津日子命(たらしなかつひこのみこと/仲哀天皇) の3柱の八幡神を主神として 木花開耶媛命(このはなさくやひめのみこと) 大山祗神(おおやまづみのかみ) 菊理媛命(くくりひめのみこと) 伊邪那岐命(いざなぎのみこと) 伊邪那美命(いざなみのみこと) の5柱の神を合祀しています 【例祭日】 10月15日 城山八幡宮は、約500年以上前から産土神(自分の生まれた土地を守護する神)として崇敬を集めていました。 創建された当初は、現在地よりも300mほど東北の旧・田代町字楠(現・千種区春里町2丁目南端)に鎮座していたのですが、明治になって、村内の八幡社、浅間社、山神社、一ノ御前社、白山社が合併合祀し、約5万人の氏子区域を持つことになったのをきっかけに、氏子崇敬者の寄進により、1936年(昭和11年)現在地に遷座されました。 現在の境内地は、もと城山。その昔、末森城だった場所です。 末森城は、1548年(天文16年)織田信長の父・信秀が築城し、古渡城から移り住んだ城で、信秀の弟・信光のいる守山城と合わせて東方の守りとしていました。 1549年(天文18年)に信秀が死去した後、信長の弟・信行が城主となりましたが、1558年(永禄元年)信行が清洲城で信長に誘殺されてからは城主がなく、廃城になってしまいました。 城山八幡宮は、広さ約1万坪、標高43mの末森城のほとんどを境内とし、神門前の広場(「参道」写真を参照)が本丸址、二の丸跡に昭和塾堂 があるなど、室町末期の平山城の城址としての形を今に伝えています。 |
![]() 鳥居 ![]() 鳥居奥の階段を上がったところにかかる赤い橋 ![]() 参道 |
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![]() 熱田神宮宮司の書による 神額 |
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| ●”縁結び”の御神徳があるのは? | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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![]() ![]() 連理木
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