尾張大國霊神社

  Owari ookuni mitama-Jinja

●どんな神社なの?
 【御祭神】 尾張大國霊神(おわりおおくにみたまのかみ)
 【例祭日】 旧暦1月13日

 尾張大國霊神社は尾張五社(※注)のひとつで、通称「国府宮」と呼ばれ、”はだか祭”が開催される神社として広く世間に知られています。
 「国府宮」は、この付近に国府が置かれ、「総社(=一国中の神社の御祭神を国府近くに勧請し、国司自らが祭祀する神社のこと)」として国司が祭祀した神社であることから呼ばれるようになりました。

 尾張大國霊神社の創建についての詳細は明らかではありませんが、少なくとも1300年余り前にはすでにこの地にお祀りされ、日々の生活の糧を生み出す根源である国土の霊力を神として敬い、日常生活の守護として、尾張国の総鎮守神として崇敬を集めてきました。
 今日では、農商業守護の神、厄除けの神として広く信仰されています。

(※注)尾張五社→熱田神宮千代保稲荷神社津島神社
            針綱神社 、尾張大国霊神社(国府宮神社)
 

社名標
 

境内斜め前の鳥居

手水舎
 

足利初期に建立された楼門
 


徳川初期に建立された拝殿
 
 
拝殿前の様子
●ここをチェックしてね!
国府宮のはだか祭
 天下の奇祭と呼ばれるこの祭は、正式名称を「儺追神事(なおいしんじ)」といい、旧暦正月13日(新暦の2月初旬)に行われています。
 この祭の起源は、767年称徳天皇の勅令によって悪疫退散の祈祷が全国の国分寺で行われた際、尾張の国司がこの神社でも祈願したのがはじまりだと伝えられています。
 ”神男に触れれば厄落としができる”との信仰から、祈祷と神籤によって選ばれた1人の儺負人(神男)を巡って数万のふんどし姿の裸男たちが揉みあいを繰り広げます。
 翌日の旧暦正月14日の夜儺追神事では、一宮、二宮、三宮、総社の神を招き厄災退散の祈願をした後、神男にありとあらゆる罪穢をつぎ込んだ土餅を背負わせ、神職が大鳴鈴を鳴らして境外へ追放します。神男は途中で土餅を捨てて後ろを振り返らずに帰宅し、捨てられた土餅は神職の手によってその場に埋められます。
 これによって土から生じた罪穢悪鬼を土へ還したことになり、この神事こそが儺追神事の本義とされ、この神事中、最も重要なこととされています。
 
梅酒盛神事(うめさかもり しんじ)
 5月6日に行われる神事で、別名「馬まつり」と呼ばれています。
 1626年(寛永3年)日照りが続いた際、五穀豊穣を祈って飾馬を献上したことに由来するもので、装束をつけた10歳前後の少年を神代として、神職とともに馬に乗り御神幸を行います。
 
楼門・拝殿
 楼門は足利初期の建立、切妻造の拝殿は徳川初期の建立といわれ、ともに重要文化財に指定されています。
 




絵馬は4色用意されている


吽形(んぎょう)の狛犬
右前足に子供の狛犬が…

参拝して、徒然なるまま一筆啓上    
 「え?これが?」。基礎知識が足りなかったためか、イメージと違うというのが第一印象でした。ものすごく広大な境内を持つ神社だと思ってました。プロのカメラマンや編集者の力って偉大ですねぇ。
 この神社の授与所で、他の神社では見かけない「シデ」を授与していました。「シデ」というのは、玉串奉天に使われる榊や注連縄などについているピラピラした紙のことです。
「このシデはどういうところに飾るんですか?」とうかがったところ、
「そうですねぇ、田んぼとか…」という回答をいただきました。
 少なくともウチの付近の田んぼでは見かけたことがないのですが、稲沢近郊の田んぼではよく見かけるものなんでしょうか?
 
 
●データ  
  所在地 愛知県稲沢市国府宮1丁目1-1

  問合せ 0587-23-2121
  参拝時間 終日
  駐車場 60台くらい
  URL http://www.konomiya.or.jp/
   

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